昨日買ったソンブレロをもって、フロント前を歩いていると、
「オ〜、ソンブレロ!」
嬉しげなフロント係。
嬉しげな高村。御愛想をして通り過ぎた。
メキシコシティ市内観光へ、ソカロ広場。正にかつてのアステカ帝国の首都に私は来ていた。
現在が官庁外の真中のただの広場であろうとも、高村的には関係無い。
この地にピラミッドが建ち、心臓を抜かれた生け贄の体が、その頂上から転がり落ちると、
生け贄の肉を争って、アステカの民が群がっていたのだなあ。
ソカロ広場には今は仕事を求め、「大工仕事できます」プラカードを持ったおじさんたちが仕事を求めてぼーっと座っていて、大坂城付近のようだが、そこはそれである。
その時である。
高村の腹の上に、何やら暖かく湿った感じのするものが・・・。
それは、人の手であった。
5歳ぐらいの子供が私の腹にシールを貼っているのである。
「?」
「小銭がほしいんですよ」
ガイドさんは言った。
どうも、このシールは売り物と言う名目らしい。
だが、ベットの脇に置いたのが高村の最後の小銭で、財布の中には大きなペソ札しか入っていない。
日本円にして、一枚・・・5千円!
貧しい高村はこの稚い子供に、旅先で5千円を与えることはできなかった。
「え〜ん、で〜さ〜ん!小銭持ってる?」
とか訴え、逃げ回りながら小銭を借りようと努力していたのだが、でーさんは、『がんばれ、君なら勝てる!』何か状況を誤解していたらしい。
高村に勝つ気はなかった。
そうこうするうちにバス運転手が子供を追い払ってしまった。
「ああ、高村はしばらく、あの小さな子供の手の感触を忘れられないよ。夢でうなされるかもしれん」
鞄の中を漁ると、機内食で出たビスケットなんかが入っていた。
『ああ、こんなんでもあげたらよかった・・・』いつまでも後悔した。

市内を観光して、土産物屋に向かった。
でーさんの日記にもあったように、テキーラと神の水を試飲し、おかわりまでした。
その店で高村はポンチョを買った。本格的な純毛100%のポンチョである。
暖かそうだ・・・。高村の判断力は夜の寒さに狂っていた。
アステカのカレンダーの模様の、御世辞にも丁寧な作りをしているとも思えないレースを買う。
前日に買ったソンブレロと袋を合わせると、かなり怪しい人のできあがりだ。
でーさんは高村よりかなりファッショナブルなポンチョを購入。
「大阪でも着ようね」
無理である、でーさんのはともかく高村のは余りにも本格的すぎた。
夜はともかく、昼間は暑いメキシコシティ。
テオティワカンでは暑さのあまりポンチョを着続けることができずに、荷物となる。
土産物の露天を無視して、まずは太陽のピラミッドへ!
・・・い、痛い?
ぎゅーっと揉み絞られる様な痛みが心臓に起こる。
心拍数が上がる。
頭陀袋の中に仕込んでいたアップルソーダを、口に入れると、少し軽減した。
どうも水分を少しだけ採ると直るようだ。
ピラミッドのあちこちでうずくまりながら、ようやく登ると、でーさんが迎えてくれた。
疲れた体に鞭打ち、ポンチョを引き摺り出してでーさんと記念撮影。
ソンブレロ・サングラス・ポンチョ・たすき掛けにした袋。
怪しい人デビュー、イン太陽のピラミッド頂上!
でーさんも、ソンブレロ、サングラス、ポンチョ。つきあいの良い恰好でデビューした。
ここで、『勇者Yは聖なるカメラを、従者でーに託した』とでーさんのメモには記されている。Yは生ける屍状態で登ってきた。
従者は魔法使いと勇者を捨てて旅を急いだ。
やはり世を忍ぶ仮の姿だったんだ。あの驚異的な心肺能力は何なんだ。
死霊魔法(ネクロマンサー)で自らを不死化した、古の魔法使いに違いない。
クラス、リッチー。
自分が死にそうなとき、元気な人は化物に見える。
高村はYを置いて、でーさんを追い始めた。
ゆっくり歩く、以上のスピードで動けない高村は方々を写真撮りながら、体を斜めに傾けるようにして歩いた。
日本人はいない。土産物屋も、でーさん達とともに月のピラミッドに向かったのだろうか?後ろから着いてくる日本人もいない。何やら視界に人間がいない。
と思っていたら、心肺機能が丈夫な日本人にくっついていった土産物屋が引き返してきた。
だが、私の様子を見て、商品を出したりはしない。
「あが?」(水?)
自分の水を分けてやろうか?と言う雰囲気である。
高村は首を振り、鞄からアップルソーダを引き出す。
日本人としてちょっと複雑な気分だった。首からカメラも下がっているのに。
心配そうに見守られながら、土産物屋に者を売りつけられることもなく、のろのろと歩いた。
間欠的に心臓が痛む。頻繁に小休止をとりながら、月のピラミッドを登る。
土産物屋の一団以来人間の姿を見ていなかった。
頂上付近に近づくと、
「あ、じゃあ。私撮りましょうか?チーズ!」
でーさんの張りのある声が聞こえてきた。
月のピラミッドの頂上で聖なるカメラを作動させる、という任務を終えたのか、とても元気そうだ。
生えていた樹木ごとダイナマイトで吹き飛ばすと言う、男前?な修復方法のとられた頂上はコンクリの妙な具合の丸い山がのっかっていた。
這うようにして登る。
「高村君、来たの?駄目だと思っていたよ」
でーさんの声に応えるべく、
「に・・・日本人だ〜」
と、かえす。
高村はもうろうと歩いていたので、既に行き違いになったのでは無いかと、ちょっと不安だったんだ。
ここまで来て誰も居なかったら、もう動けなくなるかも知れないと思っていた。
などということはしんどくて口が動かなかった。
後は笑うだけだ。
「おお!高村君!ベストスマイルだよ!もう一回その辺から登ってきて笑ってくれまいか?写真を撮るよ!」
でーさんはどこまでも、元気だった・・・。ばたり。
月のピラミッドでも、着替えてポンチョ姿で撮影をすると、そこに居た同じツアーの人々が、衣装を貸してくれと言う。
記念写真が終わった人から、下(ピラミッド)山。高村は動けなかったので、下りるのは最後になった。
「さあ、集合時間まで、10分しかない。走るよ!」
手を引っ張られて走らされる。
心臓が痛い。めまいがする。視野が暗くなる。血が・・・酸素が・・・足りない。
「む、胸が痛い・・・」
でーさんに容赦はなかった。
Yが木陰で休んでいるポイントに着く頃、高村は本当に駄目になっていた。
そんなわけで、土産物屋が何を売りに来ていたかも知らないのだ。
マラソンランナーのトレーニングじゃないんなら、こんな高度の国で走るのだけは止めたほうが良い。

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